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和歌山地方裁判所 昭和41年(行ウ)6号 判決

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告が昭和四一年九月二二日なした別紙(一)記載の不当労働行為救済命令を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求原因として次のとおり述べた。

一、被告は、原告の従業員を以て組織する労働組合である参加人組合(以下単に組合という)を申立人とし、原告を被申立人とする和歌山地方労働委員会昭和四〇年(不)第九号不当労働行為救済申立事件について、昭和四一年一〇月二八日原告に交付した書面により請求の趣旨記載の命令(以下本件命令という)を発したのであるが、その理由とするところは、昭和四〇年六月四日その全従業員に対し別紙(二)記載の文書(以下本件文書という。)を配布した原告の行為が、右文書の内容に徴し組合を誹謗中傷し、威嚇的言辞を用いて、組合員と組合およびその幹部との離間を策し、組合の弱体化を企図し、組合の在り方について何等かの変容を意図したものであり、結局組合の運営に対する不当な支配介入に当ると認められるから、これに対し救済を与える必要があるというのである。

二、原告が本件文書を配布したことは事実であるが、その経緯は次の通りである。

(一)、組合は、昭和四〇年三月一五日原告に対し、内勤、外務、技術各職員につき一律六、〇〇〇円、傭務員につき一律金一万二、〇〇〇円の各賃上げ、日、宿直料等の引き上げ、時間内組合活動の自由容認等の諸要求をなした。

(二)、当時、原告は、多額の不良資産をもち、他からの資金援助、役員巡遣等によつて、再建を図つてはいたけれども、その財務内容はいまだ大蔵省が定めた経営指導基準に達しない有様であつたので組合の右要求に応ずることは到底不可能であつた。

(三)、しかるに組合は右要求貫徹のため、昭和四〇年四月一九日以降全面スト、半日スト、時限スト等の争議行為を行い店頭に赤旗を立てたり、和歌山市をはじめ原告の本、支店所在地に宣伝車をくり出して、原告の経営内容を暴露する放送をしたりする等の戦術をとつたのであるが、これに呼応して組合員の中には個々にもしくは集団で原告の経営者に面接を強要し、或いは抗議文を交付する等の威圧的な行動をとるものもあつた。そしてこのような情勢の下で組合の斗争目標は次第に発展し、はてはその中にアメリカのベトナム侵略戦争反対、核戦争阻止、重税および物価高政策反対、医療制度改悪反対、安保共斗展開など多くの政治問題をも掲げるに至つたのである。

(四)、組合の右の行き方は原告の経営に直接打撃を与えるものであることは勿論、原告の社会的信用を傷つけることによつて間接的にもこれに打撃を与えるものであり、ひいては組合員自身の労動条件の低下をもたらすものであつた。しかるに組合は思いをここに致さず原告が団体交渉において誠意を以て実情を説明したにもかかわらず頑として態度を改めようとしなかつた。

(五)、ここにおいて原告は全従業員に対し文書を以て右の実情を訴え、併せて金融機関職員としての社会的責任を自覚しその行動を慎重にすることを促すことにより今次争議の解決に資すると共に、従来とかく円満を欠いていた労使関係を一挙に改善しようと図つたのである。これが本件文書を配布した動機である。

三、本件文書配布の動機が右述の通りであること、右文書の内容が、大部分を原告の希望ないし意見の記述によつて占められていること、及び従前しばしば本件文書に類似する文書を従業員に配布しても別に問題とならなかつた経験に鑑み、原告としては本件文書も亦従前の例にならうつもりでこれを配布したに過ぎないこと、以上の各事実を総合すれば右文書の配布が組合運営への支配介入を意図してなされたものでないこと明らかであるし、そもそも原告のこの措置は組合の行き過ぎた争議行為に対する対抗手段としてとられたものであるから、当然右争議行為のはげしさと対照してその適否を論ずべきであり、しかるときはそれが法の許容する適正な対抗手段の範囲内にあること右に陳べた争議行為の実情に徴し明らかであつて、これをもし不当労働行為に当るとして禁圧の対象とすることは基本的人権である言論の自由を侵すものに外ならない。

四、されば本件文書配布行為が不当労働行為に当るとの判断に基づいてなされた本件命令はその前提である右判断に誤りがあり、違法であるからその取消を求める。

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として次の通り述べた。

請求原因第一項の事実を認める。同第二項の事実中組合が一律六、〇〇〇円の賃金引上げを要求して各種の争議手段をとつたことを認めるが、個々の組合員の行動に関してはこれを知らない、その余の点は否認する。同第三、四項の主張を争う。

本件文書が請求原因第一項記載の意図を以て作成せられたものであり、その配布が組合運営への支配介入に当るとする被告の判断は、右文書の内容を一読し、その結果に原告が組合に対し従来とり来つた弾圧的態度や、本件文書配布の直後に発生した多数組合員の脱退の事実を加味して考察するならばその正当なること明らかである。よつて右判断に誤りがあることを前提とする本訴請求は理由がない。

(立証省略)

理由

一、被告が原告主張の日に本件命令を発したこと及び右命令は原告が昭和四〇年六月四日全従業員に対して本件文書を配布した行為を組合運営への支配介入であるとする判断に基づいて発せられたものであることは、当事者間に争いがない。

二、そこで、右判断の当否について検討するのに

(一)、証人宮沢の証言、同証言により成立を認める甲第四号証の一及び二、証人高田及び同小西の各証言を総合すれば、組合は昭和四〇年三月一五日請求原因第二項の(一)記載の要求をかかげて団交に入り、同年四月一九日以降右要求貫徹のため実力を行使し、本店及び五ケ所の支店において一斉又は各別に時限スト、指名スト、半日スト、一斉ランチ等の争議行為を行つて来たが本件文書が配布された時点において同年六月四日に半日ストを行うことを決定し、同月九、一〇、一一の三日間日方支店において全面ストを行うことを討議していたことを認めうる。

(二)、本件文書の記載内容によれば、その趣旨とするところは(イ)ストを行えば原告の信用を失墜してその経営の基礎を危くするから、結局賃上げを不能にし、組合員の求めるところと背馳する結果を招来する(ロ)組合は右の理を無視し、共産党の走狗となつてストを決行し、赤旗を立てたり、政治活動をしたり、団交の席で暴言を吐いたりしている。(ハ)従業員たる者は、右(イ)の事理をわきまえ、且つ社会的責任を自覚してその行動を慎重にすべきであり、全面ストはやめるべきである。以上の三点に要約せられる。

(三)、右(一)に認定した本件文書配布当時の情況と(二)に要約した本件文書の趣旨とを総合すれば、右文書の配布は組合の争議行為に対抗するため原告がとつた手段であつて、右争議行為を批判し、組合員に対しストの中止を呼びかけたものであることが判る。ところでこのような行為は使用者の意見の表明にとどまる限り、言論自由の原則の発露として是認さるべきであるけれどもそれがなされた前後の情況に照らし組合員に対し威嚇的効果を有するものと認められる場合には団結権に対する不当な干渉として排斥さるべきである。

(四)、これを本件について見るのに、証人中川、同松井及び同岩崎の各証言によれば本件文書の配布が組合員の心理に動揺を与え、ストに参加するときは原告から如何なる不利益を与えられるかも知れないという恐怖心を抱かせたことを認めることができ、証人高田の証言によれば本件文書の配布により組合は日方支店の全面ストを断念し、又六月四日の半日ストを時限ストに変更せざるを得なかつたことを認めることができ、証人小西及び同高田の各証言によれば、本件文書が配布せられた翌日、組合に対し批判的であつた約一〇名の組合員が小西康弘方に集つて組合からの脱退を相談し、その後同志を糾合した結果、昭和四〇年六月九日約一五〇名の組合員中三五名が一挙に組合から脱退した事実を認めることができるのであつて、以上の各事実によれば本件文書の配布が組合員を威嚇して彼等にストへの不参加、更には組合からの脱退を強制する効果を有していたことを認めるに足る。そしてそうだとするならば右(三)の説示に従い本件文書配布行為は組合運営への支配介入であると断ぜざるを得ない。よつてこの点に関する前記被告の判断は正当である。

三、原告は従来本件文書と類似の文書を配布しても別に問題とならなかつた事実を指摘し、この事実を以て本件文書が威嚇的効果を有するものでないことの証左であると主張するけれども証人大城戸の証言によつて成立を認める甲第一三号証の一ないし一一によれば、原告主張の右類似文書なるものは労使間の問題に関する事務的報告を主とするものであつて本件文書とは、その性質を異にするものであることが認められるから、原告の右主張は理由がない。又原告の経営状態、資産状態が請求原因第二項の(二)記載の通りであつたことは証人中林の証言により、組合の争議行為の実体が同項の(三)記載の通りであつたことは証人宮沢の証言により各認めうるところであるが、これらの事実を以てしても、本件文書配布による団結権侵害の違法性を阻却するものでないことはいうまでもない。

四、以上の認定並びに判断に従えば本件文書配布行為が組合運営への支配介入に当ることを理由とする本件命令は、適法であるから、その取消を求める原告の本訴請求は理由がない。よつてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 入江教夫 尾方滋 清水元子)

(別紙(一))

一、事件の表示

和労委昭和四〇年不第九号不当労働行為救済申立事件

申立人 和歌山信用金庫労働組合

被申立人 和歌山信用金庫

二、命令主文

一、被申立人は、申立人の組合員に対し、組合の方針および行動を非難中傷する内容の印刷物を配布する等の方法によつて、申立人組合の運営を支配し、またはこれに介入してはならない。

二、被申立人は、この命令到達の日から七日以内に、縦一メートル横二メートルの白紙に次の文言を楷書で筆太に墨書し、本店において一般に見易い場所を選び、十日間掲示し且つ右期間内に同一文言を記載した文書に押印のうえ、申立人に手交し、または送付しなければならない。

陳謝文

当金庫は、貴組合員に対し、貴組合および幹部を非難中傷する文言を記載した文書を配布したことは、貴組合の運営に不当に介入する行為であつたことを認め、ここに陳謝します。

昭和四十一年十月  日

和歌山信用金庫

理事長 垂井清之助

和歌山信用金庫労働組合 殿

(別紙(二))

職員各位

和歌山信用金庫

理事長 垂井清之助

日方支店に於て来る九日一〇日一一日の三日間全面ストを決行する旨支部討議を行い、ストに突入するようであるがスト行為そのものについては、組合の合法的な手段でありなんら否定するものではないがしかし我々経営者も、一般職員も信用金庫に職を得て生活の場を求めている者にとつて、金融機関におけるスト行為は果たして組合の要求する大巾賃上げに役立ち、組合員の利益になるものか熟考されたい。

私達の生活の基盤を和歌山信用金庫においている限り生活の向上、待遇改善していくのには先ず経営基盤が確立しなければならない、それをやるためには「世間に反感をかわず、取引先から信頼を得て」こそ業容を拡張して業績を上げることが出来それが私達信用金庫に働く者にはねかえつて来るのである。

現在の組合の行つていることは自分の仕事をしている職場の信用を失墜さす行為以外のなにものでもない。私達はまずお客様の信用を得なければならないのに客は「信用金庫に行けば仕事中に胸にポスターをかかげている、見るのもいやだ」「わざわざ信用金庫へ預金しなくても他に立派な金融機関がある、赤旗を立てたり、ストをしたりするところへなにを好んで預金なんかするか」「共産党みたいなような者に指導されている組合のいるところへ心配で預金なんかできない」等世間の風評の悪いことはいつまでたつても生活の基盤がよくならないばかりか、生活そのものを失うことを自覚されたい。

私達は先ず信用金庫の社会的責任を自覚し、お客様に好感をもたれ、ゆるぎない経営基礎を固めることが金庫百年の計であり、職員の生活向上につながるものである。組合は一方的に給料が低いといつているが、それを改善するためには先ず赤旗を立てることを止め、全面ストを中止し、共産党のお先棒を担いだような政治活動を止めることである。そして労使共に業容を拡充することに専念することである。

ストをして給与が良くなるということは一時的にそのような錯覚を覚えるが、結果としてはいつまでもぬるま湯につかつた感覚に甘んじねばならないということを強調して各自の自覚と慎重な行動を望むものである。

尚本日の団交において一律一、五〇〇円調整二八七(三七年度能力給一五四円三六年度能力給一三三円)合計二、九二〇円その外に配分八〇円合計三、〇〇〇円の新回答を出した。配分八〇円については労使協議して決定することにした。これにより内勤職員は初任給一八才で一六、〇〇〇円となる。用務員は一律二、五〇〇円のベースアツプ、外務員については目下検討中で近日中に結論を発表出来るよう努力中である。

この団交の最中に岡崎委員長は和歌山相互や興紀相互の組合のようにこの春斗でスト権も確立出来ずストも出来ないような組合と、うちの組合のようにスト権も確立し強いストを行つているところと同額の扱をしてもらつては困るという暴言をはいたが、これが当金庫の組合指導者として金融機関の性格を無視した非常識な発言を非常に残念に思う。組合速報6/3No128によると“安保共斗再開”の日による六・四半日ストとなつていますが全職員は、現在の組合の目的がどの方向を示しているか、果して一生を托する職場で、安心して仕事に精励出来るものか。全職員の幸福を願うために“ストしなければ給料が良くならない”と云う言葉と今回示した金庫側の誠意とを合せ再度思考されたい。

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